十億円の真実2(9-7)


野瀬は、響の腕を自分の腕に絡めるようにして、事務所の近くにあるカフェに引っ張って行った。
保田が野瀬を止めようとしたが、響は、いいからとそれを目で制した。
たとえ 今、野瀬の腕を振り払って逃れても、結局は同じことになるのだと響は覚悟を決めたのだ。
店内では、一番隅の比較的人目のない場所を選んで野瀬が先に腰を下ろした。
保田は、響に言われて、店の外で待機している。
「いきなり ごめんなさいね。あの・・彼はいいのかしら?」
野瀬は外で待っている保田のことを気にしているようだった。野瀬は、最初 ドアの向こうにいた保田の存在には気づかなかったようだ。
「ええ、ただ あまり長くは待たせたくないので・・」
保田に気を使って野瀬がさっさと話を終わらせてくれることを願ってそう言った。
野瀬は少し躊躇するように視線を動かし、それから思い切ったように口を開いた。
「あのね、広田くんと・・その滝沢の関係を訊いてもいいかしら・・?」
響の予想とかけ離れていないその質問に、ああ、やっぱりかと思ったが、ここで嘘をついても仕方がない。響は大きく息を吸った後、思い切って
「今、お世話になっています。」
とだけ答えた。
喉の奥に何かが絡まってうまく声がでない気がして、そっと手を伸ばし、さっき店員がテーブルの上に置いていったグラスに手を伸ばし、一口だけ水を飲んだ。
「世話って・・」
「はっきり言えば、その・・愛人のようなものです。」
「愛人?」
野瀬の眉が少しつり上がる。そこで響は、愛人と言ってしまったのは果たして正しかったのだろうかと考えた。
「広田くんは・・・その・・ゲイなの?」
てっきり、罵声が浴びせられると覚悟していたのに野瀬は戸惑いながらそんなことを訊いてきた。
「・・・ゲイなのかもしれません。」
自分がゲイだとは思ったことはなかったが、謙吾を好きになった以上ゲイになるのだろう。おまけに考えてみれば、女性がダメだというわけでもないのに、響は、女性とそういう経験をしたことが一度もない。
「滝沢とは、その・・いつから?確か、広田くには恋人がいたわよね?」
その時、野瀬の視線が、左手の薬指に注がれていることに気がついた。
そこにはもう指輪は嵌められていない。小山に獲られてしまったからだ。
「すみません。」
響は テーブルに額をぶつけそうな勢いで頭を下げた。

野瀬は、なぜ謝られるのか分からなかったが、今にも泣きそうな顔で謝罪する広田を見て、胸に詰まされるような想いがした。
きっと恋人を裏切って、滝沢とそんな関係になってしまったことを彼は悔いているのだ・・
あくまで それは野瀬の勝手な憶測でしかなかったが、数か月前まで広田の薬指に嵌っていたはずの指輪がすでにないことが それを証明しているような気がした。
それにしても驚いた。
愛人とは本当なのだろうか?
あの滝沢が 誰かひとりを愛するなど想像がつかない。きっとその他大勢と同じ扱いを受け、不憫な思いをしているのではないか・・
野瀬は、そっと、その広田の手を両手で包み込むように握った。
「広田くんが謝るようなことなんてないわ。悪いのは全部あの男なのよ。
悪いことは言わないから、あの男には、もう近づかない方がいい。
これは私の老婆心から言うのだけど・・」
そう言った野瀬を、広田は悲しそうな顔で見つめた。
きっと広田も昔の自分と同じように、苦しんでいるのに違いない・・
そう言えば、あの頃は、自分の愚かさを悔やんだことは、あっても滝沢に対して、怒りや恨みを抱いたことはなかったことを思い出す。
悔しいけど、それでもきっと好きだったのよね・・
広田も同じなのかもしれない。
目の前の悲しそうな広田の顔をみていたら、滝沢に対してだんだん腹が立ってきた。


「何をしている。」
その時、いかにも不機嫌そうなバリトンの声がふたりの耳に届いた。
野瀬がその声にハッとして顔を上げると、こともあろうかあの滝沢が大股つかつかと二人の元に近づいてくる途中だった。
響はハッとして野瀬の手を慌てて払った。
「なんだ この女は?」
謙吾は鋭い目で野瀬を一瞥すると、響にそう訊いた。
野瀬はと言えば 滝沢のいきなりの登場に、唖然としていたが、なんだこの女と言われてカチンとこないはずがない。口を開きかけたが、それより先に、響がぽつりと言った。
「・・何だって、そんなふうに誤魔化さなくてもいいよ。結婚するんだろ・・」
「結婚?誰と誰がだ。」
「しらばっくれるなよ。謙吾と野瀬さんに決まっているだろ!」
自然と声が荒がった。
「俺がこの女とか?」
「どうして私がこんな男と!」
二人から同時にそう言われ、響は、そこで初めて自分が誤解していたことに気がついた。
「違うの?」
「当然だ!」
「決まってるでしょ!」
また二人同時にそう答える。
「確かに過去に この男とちょっとあったけど、こんな男と結婚なんてありえないわよ。」
「じゃあ謙一くんは・・」
「私の大事な謙一がこんな男の子どもであるはずがないでしょ!」
そう聞いて安心したが、それは、あまりな言い方だ。
野瀬は、凄い顔で謙吾のことを睨んでいる。そして謙吾と言えば、響の頬にさっと触れ、
「熱はないみたいだな。倒れたと聞いてきたのに なんでこんな所にいる?」
と、もう野瀬のことは眼中にない様子だ。それを聞いて野瀬も、
「えっ、広田くん倒れたの?」
と驚いて心配そうな視線を向けてきた。
「えっ・・と・・」
その倒れた原因が、野瀬が謙吾と結婚すると勝手に思い込み、息が出来なくなったからなんて言えるわけがない。
結局、そのまま謙吾に連行されるように、香西の病院へ連れて行かれ、軽い栄養失調だと言い渡されて、ベッドで点滴を受けている。
「謙吾、野瀬さんのこと本当に憶えてないの?」
「野瀬?・・・ああ、確かおまえの元同僚で、今は澤村のところで働いているという女だな。」
「そうじゃなくて、もっと前に会っているんじゃないのか、その学生時代とか・・」
「学生時代?・・憶えてねぇな。」
響としては、その反応は嬉しいような、でも野瀬に対してあんまりのような気もする。
「謙吾って、冷たいんだな。」
そう言い捨てて、プイと横を向くと、謙吾が慌てた。
「おまえにだけは優しいぞ。」
「そうかな・・?」
「そうだろう。」
相変わらず自信たっぷりにいう。
でも野瀬さんとのことが誤解で本当に良かった・・
「でも、謙吾は 自分の子どもを欲しいと思わないのか?」
「響は欲しいのか?」
「欲しいけど・・産めないから・・」
「それは、俺の子を産みたいってことか?」
「えっ、そんなこと言ってない!」
謙吾は、今まで自分の子を欲しいと思ったことはないが、響との子なら考えてもいいなと思った。
まあ、どんな間違いがあっても子どもが出来ることはないが・・だが逆に響が誰かを孕ませるようなことがあれば、それは絶対許せそうもない。
その後、響は、急に眠気がさしてきたらしく しばらくぼんやりしていたが やがて眠ってしまった。
それを見計らったように、香西が顔を出した。
「響くんは、眠ったみたいだね。」
「ああ、眠剤を使ったのか?」
「そう疲れているみたいだったからね。それで今後のことだけど、俺は、入院させて様子をみたいと思っているんだけど?」
「どこか悪いのか?」
「たぶん精神的なものだと思う・・
さっき保田くんから聞いたんだけど、どうやら響くんは食べたものを吐いてしまっているみたんなんだ。」
「吐いていた?そんな気配、感じたことないぞ。」
「本人が必死に周りに隠していたみたいだね。保田くんも最近、気づいて、その時 響くんに誰にも言わないでくれと懇願されたらしいよ。」
「保田め・・」
そう言って、チッと謙吾が舌打ちをした。


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ありがとうございました

2009年10月25日 | 十憶円の真実2 | コメント 4件 | トラバ 0件 | TOP