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宿に帰るとすぐ、 「なぁ謙吾、夕食はみんなで一緒に食べるのか?」 とそんなことを響が突然訊いてきた。その途端 謙吾がその眉を寄せる。 「みんなって広中たちか?」 「そうだよ。」 他に誰がいるのかと響は、不思議そうに謙吾を見た。 「なんだ 俺と二人じゃつまらねぇのか?」 今まで最高潮だった謙吾の機嫌は一気に降下し始める。 そのことに、まったく気づいていない響は、 「そうじゃないけど、夕飯はみんな一緒にわいわい食べるのって、なんだか慰安旅行みたいで楽しそうだろ?だったらいいなって思っただけだ。」 と ケロッと言い放った。 『慰安旅行だと・・』 謙吾にしてみれば、旅行はあくまで二人で来たつもりなのだ。 部下は警護の為 仕方なく引き連れて来たのであって 今回の部下たちの役目は、空気のようにその存在を感じさせずに自分たちを守ることだ。 響と自分ではその辺の認識が、ずれているようだと知って 謙吾の眉間の皺がさらに深いものになっていく。
響にしてみれば単に、保田以外の人とは話したことがなかったから、これを機に他の人とも ちょっと話をしてみたいと単に思いつき それを軽い気持ちで口にしただけのことだった。 だから まさか謙吾がこのことで気分を悪くしているとは思ってもいない。
「それに いい機会だと思ったんだ。 普段は なかなか組の人たちと話をしたりする機会ってないし・・」 しかしそう言った後、謙吾が機嫌を悪くしたことに響はようやく気づいた。
「何をそんなに話したいことがある。 組のことで訊きたいことがあるなら 何でも俺に聞けばいいだろう。」 謙吾にしてみれば、響が自分以外の誰かと話したいなどと聞けば ますますもって面白くない。 例えそれが自分の部下であっても同じことだ。 だから自然に口調が荒くなってしまったらしい。
謙吾が急に不機嫌になった理由は自分が組の内部のことに関心を示したからだと勘違いした響は、しぶしぶだが、正直に答えることにした。 折角来た旅行でケンカなどしたくはない。 「別に組に不利になるようなことを訊きだしたいとかじゃなんだ。 みんなが俺のこと どう思っているかちょっと気になるっていうか・・ 俺、女じゃないだろ? その・・だから・・姐さんとか言われても困るし、それに、みんな本当は男の俺なんかが謙吾の相手で嫌だと思ってないのかなって まぁ直接訊いたところで 本当のことなんて話してくれるわけないだろうけど、 でも・・いろいろ話をしてみれば そう言う気持ちっていうのは なんとなく自然とわかるものだと思うんだ。」 響はそう言いながら、自分でうんうんと頷いている。
なるほど、要は、響は組員たちに自分がどんなふうに思われているのか知りたかったわけか・・ 『もしかして、今まで養子の件を渋っていたのは、この辺りのことが原因だったのか?』 響は未だに入籍の件を承諾しない。 理由を訊いてもはっきりしたことは言わず、はぐらかしては逃げる。 この辺でそろそろ次の手を打って置くべきか考えていた謙吾は、響の今のこの言葉に原因はこれじゃないかと推測した。 そんな下らないことを響が気にしていたとは、謙吾にとっては まったく想像もつかなかったことだったので正直驚いた。 『そんな下らねぇことはもう気にするな。』 と一笑して終わらせてしまいたいくらだったが、たぶんそれでは響は納得しないだろう。 だいたい部下たちが、謙吾の決めたことに異議を唱えること自体許されるわけはないのだが・・ カタギに響にそのことを理解しろというのは無理かもしれない。 こんなところにまで来て、皆で食事をするのは 面白くはないが、響の本音が少し聞けて良かったとは言える。 『まぁ、そういう不安の芽は、さっさと取り除いちまっといた方がいいしな。』
謙吾は、そう気持ちを切り替えると、 「わかった今夜はそうしてやる。 今、段取りして来るから風呂でも入って待ってろ。」 そう言うと、すぐにそのまま謙吾は広中たちの部屋に向かった。
それは、もちろん響に聞かれないように広中たちによく言い含めておく為だ。 広中たちが響のことを 組長の大切な相手として 尊重していることは十分承知している。 しかしそれを鈍感な響にもはっきりわかるように今夜 表して貰わなければならないのだ。
一方 急に決まった今夜の夕食会に 響は少し浮かれていた。 謙吾のせいで、大学の時も社会人になってからも友人や同僚とあまりワイワイ騒いだりしたことがない。おまけに今回は泊まりだ。 極道の世界の夕食会がどう言ったものかは知らないが みんな酒も強そうだし 泊まりで宴会ならきっと随分と盛り上がるだろう。 盛り上がった後は、温泉ならではの卓球大会とかいいな・・ でもこんな高そうな旅館に 卓球台なんて置いてないか・・ 『広中さんたちと話せる機会が持てるのも嬉しいけど、宴会なんて久しぶりだから、それも楽しみだよな。』 夕食を一緒に食べるだけのはずが、いつの間にか響の中でそれは宴会になっていた。 そして、それを楽しみにしているのは響一人しかいないということにもまったく気づいていないのだった。
夕食までにはまだ時間があるようだったので、響は謙吾に言われたように先に入浴を済ませて行くことにした。 『旅館で宴会と言えばやはり浴衣が付きものだよな』 広縁に浴衣とタオルを置くと裸になって縁を降りた。そこに露天風呂があるのだ。 「ふーっ やっぱり気持ちいい。」 思わず声が漏れる。手足を伸ばしてゆっくりと湯に浸かっていると、どこからか妙な声がすることに気づく。 耳を澄ますと、時折少しくぐもった声で何かに堪えているような声も聞こえる。 バチャ、バチャと激しく水の跳ねる音がして、その声を抑えきれなくなったのか今度は、はっきり聞こえてきた。 『えっ!』 間違いなかった。たぶん隣の離れの露天風呂から聞こえてくる。その声は・・ 『わ〜っ 隣の人、今、露天風呂の中で!!! 』 ここと隣との境に高い塀があるし、間に凝った庭も作られていて たぶん10メートル以上は距離はあると思う。 しかし同じ外のせいだろうか、はっきりとわかる声。 しかも聞こえてくるその声は女性の声にしては低すぎる。 居たたまれず早々に上がると、そこに ちょうど謙吾が戻ってきた。
「なんだ、もう風呂出たのか。」 チッと小さく舌打ちをしながらも、風呂あがりの響の浴衣姿が想像していた以上だった為か、その浴衣姿を目にした謙吾の機嫌がさっきよりは少し上昇していた。 「一緒に入ろうと思ってたんだがな。」 響の方は、そう言われて、思わず謙吾と自分が露天風呂で絡んでいる姿を想像してしまい慌てて顔を伏せた。 「どうした。」 なぜか耳まで赤くしている響に 「逆上せたのか?」 と尋ねるが、自分が部屋を出て行ってからそんなに長い時間は経っていないはずだと気づく。
俯いた顎に指をかけ、顔を無理やり上げさせた謙吾が じっと顔を覗きこんでくる。 探るように見つめられて、感触を確かめるようにゆっくりと指で唇をなぞられた。 それだけで身体がピクンと小さく震えてしまう。 『どうしよう・・』 隣からの情事の声を聞いて、その後思わず謙吾と自分に当てはめて想像してしまい つい興奮してしまったとは口が裂けても言えない。 結局、響は、ぐいっと謙吾の手を引いて奥の部屋まで引っ張って行った。 しかしそれでどうやら謙吾に意志が通じたらしかった。
その部屋に入った途端、響は謙吾によって畳の上にそっと押し倒されていたからだ。
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