温泉旅行編5
『まるで 葬式かお通夜だな
いや、別に悲しんでいるわけじゃないから通夜とは違うな・・・』
と、響は今、置かれている状態を見て思った。


俺と謙吾は約束の時間に少し遅れて広中たちの部屋に着いた。
食事会は急なことだったので安全のことも考えて あえて座敷は取らず広中たちが泊まる部屋ですることになったと謙吾から聞いた。

遅れたのは、俺だけのせいじゃない。部屋を出る時に謙吾と浴衣のことで揉めていたせいだ。
俺が、風呂あがりに着ていた浴衣は 謙吾の手によって一度脱がされた。
それについては、自分も同意の上(と言うより誘ったのは自分)だったので文句はない。
が、揉めたのはその後だ。
もう一度その浴衣を着て出掛けようとした響に謙吾がダメだと言ったのだ。
「どうしてだよ。温泉って言えば浴衣でご飯じゃないのか?」
それはテレビで見たイメージでしかなかったが、それが当然のように響は主張する。
「俺と二人きりの時ならな。」
「何だよ それ。」
「そんな、色っぽい姿やつらに見せるつもりか?」
『何 冗談言ってんの?』
と笑い飛ばそうとしたが、謙吾の顔を見上げたら目に剣が帯び初めていたので、これ以上言っても無駄だと諦め しぶしぶ服に着替え直すことにした。
『いったいどこの世界に男の浴衣姿見て喜ぶ変態がいるんだよ。』
響は 着替えながら心の中でそう悪態をつく。
(その変態は確実に一人、響の目の前にいるのだが・・)
「謙吾も、浴衣着てかないのか?」
「あぁ、面倒だ 俺はこのままでいい。」
響はさっき裸にさせられたが、謙吾は前をくつろがせただけで済ませている。
「何だ 着て欲しかったのか?」
どうやら自分では気づいてなかったが、おもしろくないという顔をしていたらしい。
「えっ?」
そう言われてそこで初めて謙吾の浴衣姿を想像してみた。
『いいかも知れない・・』
咄嗟にそう思い、おいおい俺は変態じゃないぞと響はブンブンと首を振った。


呼び鈴を押すこともなく、いきなり木の引き戸を開けて我が物顔で部屋に入っていく謙吾に引っ張られるようにして響も広中たちの部屋に入った。
一歩足を踏み入れた瞬間、響は目の前の光景にギョッとする。
皆、浴衣姿で寛いで待ってくれているものだと ばかり思っていた。
それが、
「組長、響さん、今夜は我々と伴に食事をと言って下さいまして、ありがとうございます。」
いきなり頭を下げられたのだ。
しかも皆一様に黒のスーツに身を包み、入口付近に正座した形で8人が、畳に頭を擦りつけんばかりに礼の姿勢を取っている。
それを見ても謙吾は驚くこともなく鷹揚に、
「待たせたな。」
とだけ言い、さっさと俺の手を引いて、席にドカリと座った。そしてその謙吾の行動が合図だったように、皆もさっと立ち上がり、それぞれの席につく。
どうも、変な気分だった。
襖を明け放って2間を一つの部屋にして食事の用意がしてあったが、10人もの男が座るとこの広い部屋でも圧迫感じる。
それに妙に張りつめたこの部屋の空気。
ちらりと様子を伺うと皆一様にきちんと正座をして座っている・・響もそれに倣って慌てて座り直した。
『何だよ これ』
温泉で宴会・・響の楽しい思いつきは、見事空振りで終わりそうだった。

目の前に用意された夕食は見るからに手も込んでいて 美味しそうだ。
しかしこの状態で食べても美味しくない。
皆、姿勢を正したまま話声一つないのだ。
一瞬 保田と視線があったので笑いかけてみたが、その途端 保田が困ったように目を泳がせた。
仕方なく謙吾の方を見ると、謙吾の盃が空になると、すかさず広中が膝立ちで滲みより盃に酒を注いでいた。
見まわせばこの場で謙吾以外に酒を口にしているのは自分だけだ。
この場を少しでも和ませようと響はある妙案が浮かんだ。
『やっぱり、ここは年長者の広中さんからだよな〜』
そう心の中で呟くと、お銚子を持って席を立つ。
「広中さん、どうぞ。」

いきなり横に座った響に、にっこり微笑まれて銚子を差し出された広中は見事に固まってしまった。
今ここで酌を受ければ、組長より先に自分が酌を受けてしまうことになる。
だが、ここで断れば、組長の命令に背くことにもなる・・
さっき組長は部屋に来て言ったのだ。
『この夕食会で 皆が響を俺の相手として認めている姿をはっきり示せと・・』
響さんのことは、ここにいる誰もが認めているし、気にも入っている。
確かに最初は どうして男なのか・・と思いもしたが、実際 何度か顔を合わせる内にその外見の美しさだけではなく、人柄も知り、納得した。
特に保田などは、姐さん姐さんなどと言って騒いでいるくらいだ。
しかし、組長の前で下手に褒めても後が怖い。
「何だ おまえ響に気でもあるのか?」
などと変な勘繰りを入れられる可能性が高い。

固まってしまった広中を見て、謙吾がチッと小さく舌打ちをした。
「おい、響こういう時は まず俺から酌をするもんだ。」
そう言って響の腰をグィと引き寄せる。
「何だよ。」
響は、軽く唇を尖らせると、渋々謙吾の盃に酒を注いだ。
広中以下全員がそれでほっとしたのは言うまでもない。
結局、響はその後、順番に一人ずつ酌をして回り、この食事会が終わる頃には、幾分和んだ様子雰囲気で会がお開きになった。

部屋に戻りと、響が大きく溜息を吐く。
「どうした?」
「う〜ん、極道の人たちってなんだか真面目なんだなぁと思って。
警護の仕事があるからってみんな殆んど飲まないし、もっと 俺、ドンチャン賑やかの想像してたんだけど・・違ったな。」
「なんだ、賑やかなのが良かったのか。」
「うん。ちょっと酔っ払ってみんなが羽目を外したとこも見てみたかったな。」
「羽目を外したところか・・」
自分が居たのではそれはなかなか難しいだろう。しかしそれは芝居をさせれば済むことだ。
「なんなら明日、もう一回するか?」
「え〜っ、もういいよ。」
響は、何だかすごく疲れてしまった。
いきなり打ち解けて話をするのは無理そうだと分かった。
でも、なんとなくだが、皆から自分に対する偏見のようなものは感じなかったと思う。
「明日は、謙吾と二人でのんびりするのがいい。」
「そうか。」
響がそう言った途端、謙吾の目が優しく細められた。
謙吾のこんな顔を見られるのは響しかいないのだが、そのことに響は気づいていない。
後ろから謙吾がそっと抱きしめてくる。
「じゃぁ 今から一緒に風呂でも入るか?」
そう耳元で囁かれて、少し迷ったが響は頷いた。
もう夜も更けて、庭には 部屋からの灯りが少し射すだけだ。
きっとそれなら傷も目立たない。
「俺、先 入ってるからな。」
響は先に露天風呂に入ると出来るだけ灯りの届かない場所に腰を下ろした。




すみません<(_ _)>
喜島諦めました。5話では終われません。まだ続きます。
もう少しお付き合いをお願いします。

テーマ:自作BL連載小説 - ジャンル:小説・文学

【2008/07/08 23:42 】
一億円の愛 番外編 | コメント(0) | トラックバック(0)
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